地下歩行空間

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一郎太・北山恒一郎

BIOGRAPHY

出生・幼少期

1963年生まれ・札幌出身
子どもの頃よりトイカメラをいじっていた経験があり、昔からカメラには興味があった。
本が好きで、絵本や小学生になってからは、江戸川乱歩「怪人二十面相」シリーズにはまっていた。
小学校4年制のときに、札幌冬季オリンピックがあり、地下鉄が開業する。
その当時は、地下鉄の運転手になるのが夢だった。

中学生時代

カメラ好きが高じて、友人の誘いもあり、写真部に入る。
クリスマスプレゼントで、NIKONの一眼レフ廉価版、Nikomatを買ってもらう。
写真部では、モノクロフィルムの現像から、暗室での焼付を学ぶ。
基本的な写真技術はこの頃学ぶ。
風景などを中心に、動きのあるものを撮ったり、学校へカメラを持っていって、体育系の部活動の様子を撮影したりした。
同時に放送部にも在籍し、機材の扱いなどをいろいろと学ぶ。
お昼の放送では、好きな音楽を流したりして、先生に怒られたりした。

高校時代

北海道札幌藻岩高校入学。
高校に入ってからは、カメラからいったん離れて、硬式テニス部に入る。
当時、藻岩高校は強豪校であったので、練習がきつく、4ヶ月でやめてしまう。
その後、科学部に入り、友人が初期のパーソナルコンピュータを持っていたので、自分でN88Basicのプログラムを書き、友人宅で遊んだりしていた。パソコンに興味を持ったのがこの頃。
当時は、新聞記者になるのが夢だったので、大学進学を考えていた。
特に英語が好きで、勉強にも力を入れていた。

大学時代

北海道教育大学岩見沢分校入学。英語教育専攻。
入学後は、スーパーのアルバイトに励み、しばらく大学とアルバイトの繰り返しだったが、家庭教師のアルバイトに移ってからは、時間に余裕もでき、またテニスを始める。
大学では、小学校教員免許・中学校教員免許・高等学校教員免許を取得。
卒業論文は、「小説における話法の使用法について」。

教員時代(天塩)

現役での教員採用試験には落ちる。
卒業後、しばらく札幌市教委で事務職のアルバイトをする。
その後、札幌市立南の沢小学校で臨時採用教員。
その年の高校教員採用試験に合格。
翌年4月から道北の天塩高等学校で英語教員として8年勤務。
この頃から学校現場にもワープロが入り始め、プリントやテスト問題などもワープロで作り始める。自分も率先してワープロを導入。
以降、パソコンを持ち込む先生も出てきて、自分もNECのPCを使うようになる。そのうち、学校に経費でPCが配備されるようになる。

教員時代(滝川)

1994年4月に滝川工業高等学校に転勤。
しばらくNECのPCを使っていたが、弟の影響もあり、Macに乗り換える。
学校がデジタル推進校になったことから、自前のサーバーを持つようになり、なぜか英語科の自分が学校のホームページを作ることになった。当時はCSSなどなく、テーブルで全部組むという力技を使っていた。AdobeのCreative Suiteを購入。Illustratorで学校案内パンフレットを作成する。地域開放講座の年賀状作成講座の主任講師を務める。
学校行事の写真をCANON EOS-5で数多く撮影する。その後、デジタルカメラに移行。Olympusを使うようになる。
体を壊したこともあり、2010年一念発起して退職・個人事業主として開業することを決める。

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